「ランニングは夜派」 長年、僕はそう信じて疑いませんでした。
仕事のストレスをリセットし、暗闇に紛れて走る心地よさは代えがたいものです。
しかし最近、僕はその習慣を捨て、「朝5:00起床・5:30ラン」へと生活を一変させました。
Tomoyaこんにちは。このブログを運営しているランともことTomoyaです。
なぜ、わざわざ早起きという変化を選んだのか。
それは、健康のためでもダイエットのためでもありません。
「誰にも邪魔されず、思考を深めるための“聖域”」が、朝のこの時間にしか存在しなかったからです。
今日は、僕が夜ランを捨てて朝ランを選んだ「決め手となった理由」と、
そこから得られた、僕が思う応用可能な「時間と肉体のマネジメント」について共有します。
1. 夜ランの限界:「人」という名のノイズ
僕が夜のランニングに見切りをつけた最大の理由。
それは、「人を避けながら走る行為が、思考のフローを分断するから」です。
ランニング中、僕は単に足を動かすだけでなく、ビジネスのアイデアを練ったり、オーディオブックで学習したりと、「思考の時間」として活用しています。 しかし、夜の公園や歩道は、意外と混雑しています。
- 前から来る歩行者を避けるために、一瞬ラインを変える。
- 自転車のライトに反応して、思考が現実に引き戻される。
- すれ違いざまに視線を感じ、集中力が途切れる。
「たかがそれくらい」と思うかもしれません。
しかし、深い思考に浸っている時、この「一瞬の判断」の連続は致命的なノイズになります。
0.1秒気を使うたびに、脳のメモリが食われ、積み上げた思考の塔が崩れてしまう感覚です。
僕が求めていたのは、「100%自分だけの理想の世界」。
それを実現できるのは、街がまだ眠っている早朝しかなかったのです。
2. 「5:30」でなければならない理由

では、朝ならいつでも良いのか?
答えはNOです。「7:00」では遅すぎると考えます。
僕が「5:00起床・5:30スタート」に固執するのには、明確な理由があります。
① 通勤ラッシュという「現実」との競争
7時を過ぎると、世界は動き出します。通勤を急ぐビジネスマン、通学路を歩く学生。
彼らと遭遇した瞬間、朝の静寂は「日常」に上書きされてしまいます。
彼らが動き出す前、つまり「社会がまだオフラインの時間」に走り終えることが、僕の没入感を得る絶対条件なのです。
② 「集中の解像度」が違う
夜のランニングが「疲れのリセット(マイナスをゼロに戻す)」だとしたら、
朝のランニングは「エネルギーのチャージ(ゼロをプラスにする)」です。
起きた直後の脳は、疲労を感じる物質が溜まっておらず、クリアな状態です。
この状態で走ると、入ってくる情報の「解像度」が違います。
音声学習の内容がダイレクトに脳に刻まれ、アイデアの輪郭がはっきりと見えます。
1日が24時間以上あるように感じる「時間の濃さ」は、この時間帯で運動するしか味わえないと思います。
3. 自分の中の「重要なタスク」を先に片付ける
朝ランには、心理的なメリットもあります。
それは、「1日の中で最も重たいタスク(運動)を、最初に終わらせてしまう」という爽快感です。
仕事をして、疲れて帰ってきてから「さあ、走らなきゃ…」と腰を上げるのは、どれだけ習慣化していても意志力を使います。
しかし、朝イチでそれを完了させてしまえば、残りの時間は全て「ボーナスタイム」のようなものです。
「今日のノルマはもう達成した」 この自己肯定感が、その後の仕事のスピードや、判断のキレを加速させます。
Tomoya一回朝の良さを知ってしまうと少しだるくても
朝に終わらせておいた方がメリットは多いと思い動き出します。
4. 学び:4:40か、5:14か?「自分のデフォルト」を探す旅
ここからが、読んでくれた方に伝えたい「僕の学び」の部分です。
私は「5:00起き」と言いましたが、これはあくまで今の目安に過ぎません。
僕は今、もっと細かい「自分だけの最適解」を探しています。
- 4:40に起きた時の、体の軽さはどうか?
- 5:14という中途半端な時間に走り出した時の、メンタルの乗り具合は?
「キリよく5時」というのは、僕が勝手に決めたデジタルな数字です。
しかし、僕たちの体はアナログです。季節や体調によって、最適なタイミングは分単位で異なるはずです。
「理解しがたい自分の感覚」や「微細な心地よさ」に向き合い、
「世間の正解」ではなく「自分のデフォルト」を見つけ出すこと。
これこそが、快適なランニング、ひいては快適な人生を作るための秘訣だと感じています。
5. 習慣化への道は、根気と修正の繰り返し
もちろん、いきなり明日から5時起きが定着するほど、僕は強くありません。
僕も最初は辛かったですし、今でも布団から出るのに格闘する日はあります。
僕なりの習慣化のコツ
体がリズムを覚えるまでは、ある程度の強制力(意志)が必要。
変えたいという気持ちから変える意志を示す事はかなりエネルギーを使うと感じます。しかしこれを乗り越える事でスタートするんだと思っています。
「朝走った日」と「走らなかった日」の生活の状態を比較し、メリットを頭に刻んでいく。
始めてからも続けていくために分析が必要と思います。意外と変える前の方が自分に合っていたりもします。
そこは実際に行ってみて自分で調べていくので僕は自分の感覚を大事にしています。
辛すぎたら時間をずらす。固執しすぎず、自分の感覚を信じて微調整する。
自分に合わなかったら辞める勇気も大事なのかもしれません。
まとめ:その「早起き」は、誰のためでもない
- 夜ランの「人避け」は思考のノイズ。朝の静寂こそが僕なりの勉強机になる。
- 通勤・通学ラッシュ前の「5:30」が、思考のゴールデンタイム。
- 時間設定に正解はない。4:40でも5:14でも、自分の身体感覚が「快」とする時間を探求せよ。
朝のランニングは、単なる運動ではありません。 「一日を、自分の意志で始めた」という強烈な宣言です。
もしあなたのランニングが、日々の喧騒に思考を邪魔されていると感じるなら。
一度だけ、目覚ましを5時にセットして、まだ誰もいない街を走ってみてください。
そこには、あなたが求めていた「本当の快適」と「自由」が待っているはずです。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
追記(2026/1/11):
朝に走る事に「僕自身、無理かもな」と思っていましたが今は1か月程継続して行うことになっています。朝に走る事で意識がはっきりとするので日中もあまり眠気を感じていません。そうゆうのが心地よくて続ける理由になっているのかもしれないです。
興味があれば朝ランニングにシフトチェンジする計画を立ててみてはいかがですか?

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