今日の未開の地は、京都の山奥・貴船。日本に住んでいても足を運んだことのない場所へ、流しそうめんを体験しに行った。
山あいの涼しさと川のせせらぎ、木漏れ日。
少し非日常を求めて向かった先に待っていたのは、まさかの「3時間待ち」。
まるで人気アトラクションの行列のようで、山奥だから空いているだろうという油断は、見事に打ち砕かれた。
時間を待ちながら、どこでこの場所を知ったのだろうと調べてみると、聞こえてくるのは「TikTokで見て」「インスタでバズってて」。
時代だなあ、としみじみする。
京都は錦市場や清水寺への参道、嵐山周辺など、誰もが知るスポットに人があふれている。
そこに混ざる外国人観光客の多さも、今の京都の当たり前の風景だ。
でも今日の驚きは、そんな「王道」から外れた貴船に、人が波のように押し寄せていること。日本人でも意外と知らないこのエリアに、感度の高い旅人たちが価値を見出し、足を運んでいる。その事実に、軽く脱帽した。
SNSは風景や体験と相性が良い。
水の音、緑の濃さ、夏の涼。数十秒の動画で十分に伝わる。
そこに「行ってみたい」を引き出す力が乗ると、ローカル線だろうが山奥だろうが関係なく、人は動く。
そして期待値を超える体験が待っていれば、口コミと投稿の連鎖で一気に火がつく。
貴船はまさにその好例だと感じた。
同時に、京都という土地のしたたかさも思い知る。
自然や文化という素材を、どう「体験価値」に変換するか。
貴船の流しそうめんは、その土地ならではの環境(川床、涼、地形)を上手に編み込んで、唯一無二の時間を作っている。
観光の本質は「その場所でしかできない体験」を設計することだと、現場で確信した。
ただ、人気が出れば課題も生まれる。
今日の貴船を訪れて、受け入れ体制の重要さを強く感じた。
旅人は基本的に「めんどう」を避けたい。道順はシンプルに、アクセスはわかりやすく、便数は必要なだけ。滞留が発生するなら日陰や待機スペースを。ゴミ箱の配置と回収、トイレの清掃、導線を整える警備や案内。人の行動原理に沿って設計しないと、たちまち不満がたまり、住民の負担が増してしまう。
これは誰かを責める話ではなく、「人間はそういうもの」という前提を理解し、先回りして仕組みを作る話だ。
国や市の協力、民間との連携は必須だと思う。
今日の学び・気づき
- 山奥でも、唯一の体験価値があれば人は動く
- SNSは「知られざる場所」を可視化し、需要を一気に喚起する
- 受け入れ体制は体験の一部。導線と清潔さは「信頼」をつくる
- 京都は素材×設計で強い。地方にも同じポテンシャルは眠っている
3時間並んで、ようやく席についた。
川面の冷気が肌に触れ、流れてくる麺は驚くほど軽く、冷たく、思わず笑ってしまうほどおいしかった。長い待ち時間も、この一瞬のための前振りだったのかもしれない。列の先で出会う「報われる体験」は、人をまたここに連れ戻す力を持っている。
貴船は環境を味方につけて、その土地ならではの価値を磨いていた。
京都だけじゃない。まだ見ぬ未開の地は全国にある。ローカル線のその先、地図の余白。SNSで偶然見つかることもあれば、足で探すこともある。
どちらにしても、胸が少し高鳴る。次はどこへ行こう。今日の列の長さを笑い話に変えながら、またひとつ、未知の場所へ向かいたくなった。
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